異文化体験者インタビュー
to japanese

目良 雄華:転校と言葉の狭間で

目良雄華氏は日本人両親の長男としてアメリカに生まれる。初めて日本に住む事になったのは9歳の時。小学校の校舎は木造、校庭は砂利である。アメリカでは芝生の校庭に慣れ親しんでいた彼にとっては驚きの、日本第一歩になった。

その後日本、アメリカを幾度と横断する生活を送る雄華氏は日本語も英語も話す。しかし、彼の話す日本語にはあまりカタカナがない。子供のころも40歳になった今現在もしかり。アメリカ大手企業のシックスシグマ・ブラックベルトとしてアメリカで活躍している彼に、先日日本に立ち寄った折に話を聞いてみた。

アメリカにいても日本の伝統的な行事はお祝いしてくれた。

eBUNQA:外国帰りの人たちの中には、無意識であっても横文字を入れて話す連中がいると思うけど、雄華さんと話しているとそれがないのね。アメリカ生まれで、日本でもアメリカンスクールでしょ?

雄華:ううん、少し違うかな。マサチューセッツ州ボストンに生まれて日本に転居してきたときは、アメリカンスクールではなく区立の小学校4年生に編入した。

eBUNQA:ちょっと待ってください、アメリカで日本の補修校に通っていたかも知れないけど、アメリカ生まれでそんなに日本語が出来たのですか?

雄華:別に自分では問題ないと思っていましたね。アメリカにいるころから両親には日本語、兄弟や友達とは英語、それと勿論日本の補修校では日本語と使い分けていたから。とは言え、社会科や歴史にはついていけませんでしたね。それよりも転校生には厳しい試練があるんだなとこの時感じました。

eBUNQA:帰国子女に対するイジメですか?

雄華:クラスでは言葉使いがおかしいと言われていましたが、むしろ特に印象に残るのは、殴られたり、蹴られたりしたことですね。この暴力を仕掛けてくる相手は、わたしと同じ時に日本のどこかから転校してきた生徒だったのです。同じ新入りのわたしがいじめやすかったのかな。ですけど、そのうちこちらもやり返しましたからね、もう喧嘩ですよ。でも3ヶ月経つ頃から近所に住む同級生と仲良くなると自然にいじめもなくなりました。

そしてその3ヶ月経った頃からわたしはクラスや学校で認められるようになったのです。それは体育の時間で走りが早かったり水泳が上手で大いに力を発揮できたのです。特に水泳は小さいときから毎日のようにやっていましたから、注目されましたね。そして皆んなと少し違うということで、逆に人気が出て女の子達のファンが家までついてきたのを覚えています(笑)。

eBUNQA:すっかりとけ込んで人気者にまでなったのに、何故アメリカンスクールに転校するのですか?

雄華:先ほど日本語は問題ないと言いましたが、両親からすると気になることがあったようで、特に父は一部の成績が上がらないのは言葉の問題と感じていたらしく、11歳の時アメリカンスクールに転校させられました。また転校生の経験をするのですが、この時「なんだそれは」と感じたのが、このアメリカンスクールに通う日本人生徒達が「meはさっきyouに言ったこと、noじゃないよね」と言うようなチャンポン言葉で話しているんです。聞いていてイヤだと思いましたね。何でどちらかの言葉でちゃんと話さないのか疑問に思い、今でもこのような話し方は嫌いです。わたしは日本語を話すときは、極力カタカナを使わないで話すことを心がけています。少し徹しすぎた時期があって、「ティッシュペーパー」のことを「ちり紙」と言っていたら、周りの人たちに笑われてしまいました(笑)。

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