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大学に留学していた郁ちゃんと
中国の大学に留学して、2004年に卒業した郁ちゃん
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● From: Iku こんにちは このメールで一旦お別れですね、ありがとうございました。自分を見つめることもできたので、私にとっては楽しいメール交換になりました。 ではでは。 ☆いく☆ From: Mambow 郁ちゃん 確かにもう卒業しているのに、今更中国での留学生活についてと言っても気が抜けちゃうわね。 振り返りながらの文面じゃ、実感が全然出てこないのも当然だし、これじゃせっかくのE-メールの良いところがいかせないことも事実ね。 そんな訳で、この「郁ちゃんとのメール交換」はこれにて終了しましょう。 今までおつきあいありがとうね、郁ちゃん。 さて次なる郁ちゃんの新天地は如何に?(気になるな〜) 自分のやりたいことへ向かって進む、伯母ちゃんにもそんな時代があったのよ、厳しくも楽しい時代、がんばってね!応援しています。 マンボウ伯母より▲ *************************************** このコーナーにアドバイスをいただいたり、励ましのメールをいただき、ありがとうございました。わたしが忙しく音信不通になってしまい、郁ちゃんの中国での留学生活をメールでやり取り出来なかったことをお詫びもうしあげます。 長らく読んでいただきありがとうございました。またの機会まで。。。 *************************************** ● From: Iku お久しぶり。 >おさらいすると、郁ちゃんは日本の高校を卒業後、中国の大学へ留学、1年、2年は そうですね。留学生活最後の年は北京ですから、でも一年間のロスアンジェルでの生活がどう影響するのかドキドキしてました。 > 日本からはじめて中国へ行った時とアメリカから中国へ戻った時の違いはあった? 日本から始めていくのと、アメリカから中国に帰ったときとでは大いに違いましたね。 日本から中国に行くときは、中国でのこれからの生活に期待や不安などでいっぱいだったし、だから余計に中国の国柄に最初はカルチャーショックも受けて、いつしか「中国だから」と言う言葉でまとめてしまったこともありました。 アメリカに行って中国に戻ったときは、帰ってきたんだなって、すごく感じました。 それから、戻って一番感じたのは、2008年にオリンピックに向けて、急ピッチで町がきれいになって、交通が便利になって、大きな建物が立ち並び始めて・・・・ > える中国事情。また最後の1年を思い起こすと深刻なSARS問題や、日本人留学生 SARSについては、最初は学生が一人でもいれば授業をするとの事だったのですが、結局休校になり、ギリギリまで学校にいて、日本に一時帰りました。 そのころ、ほぼ学校内に隔離されている状態で、外出するには面倒な手続きと、時間制限されました。学校内外ともに食べ物やの店がしまったりと食料不足状態。それでも一緒に残ってくれていた友達もいたので、そんな食事や誰もいない寮でも過ごせましたね。 止むなく一時帰国する時は空港での手続きに時間がかかると思って早めにチェックインしたのですが、一応健康診断として、体温チェックなどは行われていましたが、すんなりと終わってしまい、発病していなくとも菌を持っている場合もあるのにと、心配な面がありました。 日本人留学生が、学園祭でおかした問題は、北京ではないですね、西安だったと思います。特にそれについて、こちらの大学でなにか言われたって事はありませんでしたよ。 > ね。そして卒業に向けての勉強(卒論も含め)と、郁ちゃんはどう切り抜けてきたの 私たちの学年から、卒業の方法が少し変わり、論文の前に卒業試験を行うことになりました。 試験に合格したものが論文を提出する権利が与えられるようになったのです。なので、私としては同時に進めることは難しいと思ったので、先に論文の資料を集め、後は試験勉強に集中しました。合格後、指導してくれる先生とつめて論文を完成させました。 生活も勉強についても、友達や先生の存在がありがたかったですね。 それにしても、既に北京での留学生活も卒業して終わっていて、今は日本で次ぎなる目標に向かって全力投球しているところなので、これ以上過去についてのメール交換は難しいと思います。やはり、そのときに感じたことを書くのと、振り返ってみてとでは考え方も違ってくるので、自分でもあまりしっくりこないので、うまく書けません。 近いうち、日本をまた飛び出して行きます! ☆いく☆ From: Mambow 郁ちゃん、ごめん。北京に留学中にメール交換したかったのだけど、伯母ちゃん、もうほんとに色々とあって、音信不通になってしまったの。もう卒業して日本に戻ってきてしまったわね。 メールで遅ればせながら、卒業おめでとう! すっかり気が抜けているかもしれないけど、留学中のことを少し振り返りながら、教えてもらえるかな。。。 おさらいすると、郁ちゃんは日本の高校を卒業後、中国の大学へ留学、1年、2年は中国語で勉強、3年目にはアメリカへの英語の語学留学、そして4年目に中国に戻り卒業。たしかそうよね。 日本からはじめて中国へ行った時とアメリカから中国へ戻った時の違いはあった?もちろんだいぶ大人になっていたと思うから、その辺でも受け入れ方が違っているでしょうけどね。 語学の問題、文化の違い、そして時代の流れが急変しているように伯母ちゃんには思える中国事情。また最後の1年を思い起こすと深刻なSARS問題や、日本人留学生が(北京大学だったかな?)問題を起こして強制送還された事件などがあった時期よね。 そして卒業に向けての勉強(卒論も含め)と、郁ちゃんはどう切り抜けてきたのかな? マンボウ伯母より▲ |
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